2008年04月08日
イスタンブールの言葉
こんな意味があった事知らなかったなぁ。
日本語ではしばしば「イスタンブール」と表記されるが、標準トルコ語の発音では最後の音節は長母音化されないので、発音により忠実に「イスタンブル」と表記されることも多い(高等学校の世界史はその代表例で、「イスタンブール」という表記は一切使われない)。もっとも、トルコ語の口語では母音調和化して、日本語母語話者の耳には「ウスタンブル」と聞き取れるような発音になることも多いようである。
イスタンブルは、古代のビュザンティオン(ビザンティオン)、コンスタンティノポリス(コンスタンティノープル)と同じ町である。
イスタンブルの名は、東ローマ帝国時代からスラブ人らが旧市街を指して呼んでいたスタンブルという地名がトルコ人にも取り入れられたものと考えられる。この名前は、一説にはギリシャ語の "(eis) stin poli" (「都市に」)から取られ、ギリシャ人がコンスタンティノポリスを「都市の中の都市」と呼んだことに由来するという。あるいは、Constantinopolisがつづまったstanpolという形を語源に想定する説もある。
トルコ人に先立ってコンスタンティノポリスに接触したイスラム教徒たちの書いた史料では、9世紀にはこの町の名称として、アラビア語で「クスタンティン(コンスタンティノス)の町」を意味する「クスタンティニーヤ ???????? (Qus?an?iniyya)」あるいは「クスタンティーナ ???????? (Qus?an?īna)」が一般化されていた。「スタンブル」「イスタンブル」という名称がイスラム教圏でいつ頃から広く用いられるようになったかは定かではない。しかし、アナトリアのトルコ化がかなり進んでいた14世紀初頭に編纂されたペルシア語の歴史書では、コンスタティノポリスについては「クスタンティーナ」が一般的に使用されている一方で、「イスタンブール (??????? Istanbūl)」がその異称として用いられている例が見られ、少なくとも当時のアナトリア方面の人々の間では「コンスタンティノポリス」の異称として「イスタンブル」という名称が使用されていたことが伺える。
日本の歴史叙述では、オスマン朝がこの町を征服した1453年を境にして「コンスタンティノープル」から「イスタンブル」と言い換えるのが通例である。しかし当のオスマン朝の人々が用いた文章語であるオスマン語の上では、この町の名前は「イスラームが広まった」を意味する ???????? İslâmbol と綴られたり、Āstāne-ye Sa‘ādat/Asitane-i Saadet(「幸福の宮居」)、Ummu 'd-Dunyā/Ümm-i Dünya(「世界の母」)、Dāru s-Sal?anat/Darü’s-Saltanat (「王権の館」)などとペルシア語・アラビア語で様々に美称されており、また貨幣の刻印などでは正式な都市の名称としてコスタンティニーヤのオスマン語・トルコ語形である「コスタンティニエ (???????? Kostantiniyye)」が長く使われ続けていた。
この都市の正式名称がイスタンブルに改められ、国際的にもコンスタンティノープルではなくイスタンブールと呼ばれるようになるのは、トルコ革命後の1930年のことである。なお、ギリシア語では現在、「コンスタンディヌーポリ」と呼ばれている。ラテン語由来の名であるコンスタンティノポリスに基くが、綴りに若干の変化があり、読みも現代ギリシャ語のものとなっている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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